体験レッスンの申し込みフォームを、途中で閉じたことがあります。
日程が合わなかった。
入会金の欄を見て、少し考えた。
「もう少し落ち着いたら」と思って、タブを閉じた。
そのまま、3ヶ月が経っていた。
仕事に、撲殺される
やりたいことはある。 時間を作ろうとも思っている。
でも月曜に入った急な案件が、水曜の予定を潰す。
週末に予約していたクラスを、前日にキャンセルする。
「来月こそ」と思いながら、また同じことが起きる。
満員電車の中で、今日も立ったまま目を閉じる。
乗り換えのホームで、ため息をついていることに気づく。
いつの間にか、新しいことを始めようとする気力ごと、削られていく。
予定が読めない毎日に、毎週同じ時間を空け続けるのは案外難しい。
それだけのことです。
月謝は引き落とされていく。
行けない月も、お金だけが消えていく。
気づけば、通うことよりも、そのことが気になっていた。
続けられなかった自分を、責めていた
「自分は続かない人間だ」と、どこかで思っていた。
三日坊主。
意志が弱い。
どうせまた辞める——。
そういう言葉が、気づかないうちに自分の中に積み重なっていく。
新しいことを考えるたびに、その言葉が先に浮かんでくる。
でもよく考えると、続かなかった理由はいつも同じだった。
予定が読めなかった。
固定費が重かった。
行けない自分に罪悪感を感じて、やめた。
問題は、自分自身ではなかった。
始め方の問題だったのかもしれません。
ある夜のこと
仕事帰りに、ふと立ち寄った場所がありました。
予約もしていなかった。
道具も持っていなかった。
その日に行こうと決めたわけでもなかった。
ただ、なんとなく扉を開けた。
中は静かで、照明が落ちていて、それぞれが自分のテーブルに向かっていた。 上手い人も、下手な人も、誰も誰のことも気にしていない。
外れて苦笑いしている人がいた。
入って、小さくガッツポーズしている人がいた。
なんだか、みんな楽しそうだった。
続く理由が、ここにはあった
行きたい日に、行く。
行けない週は、行かない。
それだけのことが、こんなに気楽だとは思っていなかった。
罪悪感がない。
プレッシャーがない。
「続けなきゃ」という重さがないと、人は自然と戻ってくる。
いつの間にか、またあの場所に行きたいと思っていた。
続けようとしているわけじゃない。
ただ、また行きたくなった。
たぶん、続くというのは——そういうことなんだと思う。




