なんだか上手くなれる気がした。
根拠は、なかった。
でもそう思った。
それだけで十分だった。
捨てられないものの話
子供の頃のぬいぐるみが、どこかにあります。
汚れていて、片目が取れかけていて、もう抱いて眠ることもない。
でも、捨てられない。
良い夜だけを過ごしたわけじゃない。
泣いた夜も、怖かった夜も、一緒にいた。
悲しいことがあって、強く抱きしめすぎた夜もあったかもしれない。
だから捨てられないのか、それとも別の理由なのか——うまく言えないけれど、ただ、捨てられない。
大人になっても、そういうものが増えていく。
少し迷って買ったもの。
誰かと笑った夜に傍にあったもの。
言い争って、感情のまま置いて、それでも翌朝また手に取ったもの。
毎日の中にあって、毎日の全部を知っている。
何も言わないのに、そこにいる。
キューを選ぶ時間のこと
ビリヤードをやる人の中に、キューを集める人がいます。
何本も、何十本も。
機能で選ぶ人、デザインで選ぶ人、その職人の歴史ごと手に入れたくて選ぶ人。
並べて眺めるだけで、もう満足している人もいる。
そういうものが、人にはある。
マイキューを一本買うだけでも、同じことが起きます。
手に取った瞬間の、あの感触。
グリップの馴染み方。
撞く前から、なんだかもう、入る気がしてくる。
実際はそんなことない、とわかっていても。
それでも高揚する。
時間が、道具に刻まれていく
気づけば、小さな傷が増えていた。
ケースの中にはチョークの粉が溜まり、グリップには自分の手の跡が残っている。
買った日にはわからなかった重さが、今は手に馴染んでいる。
入った球のこと、外れた球のこと。
誰かに勝って、声をあげた夜。
一人で何度も撞き直して、それでもうまくいかなかった夜。
好きな人と並んで台に向かって、笑った夜。
悔しくて、帰り道に何も話せなかった夜。
キューは、何も言わない。
ただそこにあって、その全部に寄り添っていた。
傷もチョークの粉も、手の跡も——全部、自分と過ごした時間。
今の自分の中に、全部ある
キューを手に取る。
泣いた夜のぬいぐるみも、ずっと傍にあったものたちも、全部今の自分の中にある。
上手くなれると思ったあの日も、外した球の悔しさも、これから迎える夜も——全部、この一本の延長線上にある。
過去も未来も、今の自分が持っている。
そういう一本と、いつか出会えるといい。




