自分らしく、という言葉が、少し重くなった日。

「自分らしく生きよう」という言葉を、よく見かけます。

でもその言葉を見るたびに、なんとなく疲れる日があります。

自分らしさって、何だろう。
そもそも、自分のことがよくわからない。

会議室の中の、自分

「ご意見はありますか」と聞かれて、一瞬考えた。

本当は、少し違うと思っていた。
でも、場の空気を読んで、「問題ないと思います」と答えた。

帰り道、なんとなくため息をついた。
別に嘘をついたわけじゃない。
でも、何かが少し、消えた気がした。

そういうことが、積み重なっていく。

「良いパートナー」であるために

デートの帰り道だった。

本当は少し疲れていた。
今日は早く帰って、一人で静かに過ごしたかった。

でもそんなことは言わなかった。

相手をがっかりさせたくなかった。

いつの間にか、相手に合わせることが、自分の普通になっていた。
それが愛情なのか、それとも自分を見失っているのか——ふとした瞬間に、わからなくなる。

SNSを開いた夜

誰かが、好きなことで生きている。

海外移住した人。
会社を辞めて独立した人。
「自分らしい選択をした」と語る人。

すごいな、と思う。
同時に、なんとなく焦る。

自分には、そういうものがない気がする。
強みも、軸も、これといった個性も——。

スマホを置いて、天井を見た。

自分が何をしたいか、わからなくなっていた

転職活動の自己分析で、止まった。

「あなたの強みは何ですか」 「どんな仕事がしたいですか」 「10年後、どうなっていたいですか」

ちゃんと考えたことがなかった。
ずっと、目の前のことをこなしてきた。
誰かの期待に応えてきた。
気づいたら、自分の輪郭が、ぼんやりしていた。

もしかすると

もしかすると、自分らしさは探して見つけるものではないのかもしれない。

考え続けた先ではなく、選び続けた先にあるのかもしれない。

テーブルの前で、自分だけが決める

ビリヤードは、誰も指示してくれません。

この配置をどう攻めるか。
次の球をどこに出すか。
リスクを取るか、安全にいくか。

全部、自分が決める。

会議室でも、家庭でも、SNSの中でもない——テーブルの前では、誰かの期待も、世間の常識も、関係ない。

ただ、自分がどうしたいかだけがある。

入れば嬉しい。
外れれば悔しい。

その感情は、誰のものでもなく、自分のものだった。

もがいていても、いい

自分らしさの答えは、すぐには出ない。

テーブルの前で、自分の判断で一球を撞く。
うまくいかなくていい。
その積み重ねの中で、ぼんやりしていた自分の輪郭が、少しずつ見えてくることがあります。

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