愛だろ、愛。——ビリヤードという競技の話。

恋愛映画を観ていた。

画面の中では、あと一歩で届きそうな二人が、なぜかすれ違っていた。

その時ふと思った。

これはビリヤードに似ている。

理解しようとすればするほど、わからなくなる

ビリヤードを始めた頃は、こう思います。

「正しい撞き方を覚えれば、上手くなる」

確かにそうです。
基本を身につければ、球は入るようになる。
手球も動くようになる。
少しずつ、わかってくる感覚がある。

でも深く入るほど、わからないことが増えていきます。

閉店間際の静かな店で、一人で撞いていた9番がポケットの角に蹴られた。
何も変えていない。
昨日と同じ撞点、同じ力加減、同じリズムで——なのに入らなかった。

思わず、息が止まる。

その日のコンディション。
微妙な撞点のズレ。
メンタルの揺れ。
身体のリズム——言語化しきれない何かが、いつもそこに潜んでいる。

「理解した」と思った瞬間に、裏切られる。

これは確かに、愛に似ています。

距離感の競技

ビリヤードは「距離感の競技」でもあります。

力みすぎると、入らない。
コントロールしすぎると、ズレる。
でも無関心でも応えてくれない。

強く支配しようとすると、壊れる。

「向き合う。でも執着しすぎない」——そういう妙な関係性を、ビリヤードは要求してきます。

キューを握る手に、ほんの少し力が入っていた。
それだけで、手球は予定とは違う場所へ転がっていく。
その瞬間の、自分の表情が見えるようです。

これは人間関係に似ていると思いませんか。

好きすぎると重くなる。
でも気にしなさすぎると、何も生まれない。
ちょうど良い距離感の中にだけ、美しい瞬間が生まれる——。

ツンデレという、正確な表現

俗っぽい言葉ですが、ビリヤードはかなり「ツンデレ」です。

冷たいほど正直で、嘘をつかない。
でも気まぐれに見える。
優しくない。
なのに時々、とんでもなく美しい瞬間を見せてくれる。

努力したから必ず応えてくれるわけじゃない。

でも、長く付き合った人間だけが知っている「機嫌の良い瞬間」がある。
全部が噛み合う瞬間——手球が思い通りに動き、的球が吸い込まれ、次の配置もピタリと決まる。

その時、誰かに見せたくなる。
でも一人だったりする。

完璧にはわからない。完全には支配できない。

でもだからこそ、離れられない。

完全に攻略できるなら、たぶん飽きます。

でもビリヤードは「あと少しでわかりそう」を永遠に繰り返す。
理解しようとするほど、新しい謎が生まれる。
それが人を深みに連れていきます。

だから業にもなるし、愛にもなる。

かなり危険な競技です

ビリヤードは、かなり危険な競技です。

始めてしまったら、最後——。

また店に行く。
また外す。
また上手くいく。
そしてまた考える。

愛だろ、愛。


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