転生したら手球だった件 第6話「同じシャフトに、撞かれた日」

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プロローグ

お姉さんが、キューケースのチャックを開けた。
ジーッ。

出てきたのは、黒いシャフトだった。
木目が、ない。
照明を、鈍く返している。

隣で、お兄さんが自分のキューをつなぐ。
同じ黒。
同じ光り方。

……同じ、だと。

俺——玉野想(30歳・童貞・万年B級・現在手球)は、手前の台の上で、それを見ていた。

お姉さんは今日、からし色のニットに、黒のロングスカート。
お兄さんは、グレーのカーディガンを椅子に掛けて、いつもの白いシャツ。
奥の台では、常連のおじさんが「よっしゃ」と言っている。

ナインボール。
お兄さんは5ラック、お姉さんは4ラック先取。
3対3。
お姉さんは、あと1ラック。

第一章:戻ってきた8番

お姉さんの番。
8番は、台の半分ほど先。
少し右をひねって、9番の前へ回したい配置だ。

お姉さんは、狙いを少しだけ右へずらした。
前のシャフトで、ずっとそうしてきた構えだ。
キューを寝かせて、俺の右を撞く。

シュッ。

俺は、ほとんど、まっすぐ出た。

コン。

8番はポケットの角に当たって、戻ってきた。

「え」と、お姉さんが言った。

右を撞かれると、俺は、狙いの線から少し左へずれて出ていく。
トビだ。
タップが当たっているあいだ、シャフトの先も、俺に右へ押し返されている。
先が重いほど、その先は動きにくい。
動かないぶん、俺のほうが、横へ押し出される。
ずれは、ほんの少しの角度だ。
でも、手球が進む距離が長いほど、その少しが開いていく。

前の木のシャフトは、先が重かった。
お姉さんは、俺が左へ逃げるぶんだけ、右を狙うようになっていた。
新しいカーボンシャフトは、中が空っぽで、先が軽い。
俺は、もうほとんど逃げない。

……なんで俺は、こんなことまで知っているんだ。
転生すると妙に物理に詳しくなるらしい。
困ったもんだ。

シャフトは替わった。狙いのずらし方だけが、前のシャフトのままだった。

第二章:そんなに、ずらさなくていい

そのラックは、お兄さんが取った。
4対3。

次のラックの前に、お兄さんが、お姉さんの後ろに立った。
黒いシャフトを持った二人が、同じ線を覗きこむ。

「そんなに、ずらさなくていい」

近い。
シャフトまで、おそろいで近い。

お姉さんが、狙いを戻して、俺の右を撞いた。

シュッ。

タップに押された瞬間、軽い先のほうが、すっと横へ逃げていく。
俺を横へ押しつける力は、小さいまま終わる。
俺は、狙った線の上を、ほとんどまっすぐ走った。

コン。

8番が沈む。
俺は右回転のまま、クッションで向きを変えて、9番の前へ。

「入った」と、お姉さんが言った。
お兄さんが、自分のシャフトの先を、指でなでた。
同じものを選んだ人の顔だった。

お兄さんと同じシャフトが、俺には、いちばんやさしい。
喜んでいいのか、もう分からない。

B級だったころ、ひねると外れるのは、腕のせいだと思っていた。
シャフトの先が何グラムかなんて、考えたこともない。
ずれていたのは、俺のほうだったのに。

「8年間、何を見ていたんだ俺は……」

シャフトの先が軽いほど、手球は横へ逃げにくい。
お姉さんは、お兄さんと同じほうへ、狙いを戻した。

エピローグ

最後の9番は、お姉さんが沈めた。
4ラック目。

照明が落ちていく。
一人、また一人と客が帰っていく。

おじさんも帰った。
同じ長さのキューケースが二つ、扉の向こうへ消えた。

テーブルの上に残されたのは、また俺だけだ。

「先が軽い、か……」

暗くなったビリヤード場で、俺はただ、止まっていた。

——俺の物語は、続くのか。続かないのか。
それは、皆さんの反応次第……かもしれない。

次回予告(もしあれば):お姉さんが、お兄さんを呼ぶ。俺の知らない、下の名前で。……下の名前、だと。
手球・玉野想の転生生活は続く……かもしれない。

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