横浜の歩き方

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Walking Yokohama

港が開かれた波止場から、宿場の坂の上まで。
横浜の街は、歩いてつながっています。
これまでご紹介してきた街を、いくつかの道にしてみました。
初めて横浜を訪れる方も、試合のために来られた方も、この街で暮らす方も。
「三日住めばハマっ子」と言われるように、この街は、やって来た人を受け入れてきました。
華やかな通りも、重い時代をくぐり抜けた町も、そのままに。歴史を知ったうえで歩くと、街の空気が、少し違って感じられるはずです。
少し遠回りをしながら、街に積み重なった時間をたどってみてください。

開港の街を歩くCourse 1 · Where the Port Opened

海から来た人を迎え入れるために引かれた一本の線を、港から、関門の跡まで。

所要の目安90分ほど

歩くだけなら、もう少し短く。

はじまり

みなとみらい線 日本大通り駅。A1出口から象の鼻パークまで徒歩約3分。

おわり

JR・市営地下鉄 関内駅。みなとみらい線 馬車道駅も近くにあります。

  • 1 象の鼻パーク:開港とともに生まれた、横浜で最初の本格的な波止場です。1867年に弓のように曲げられた防波堤が、象の鼻に似ていたことから、その名で呼ばれるようになりました。明治の形に戻された防波堤を、先端まで歩けます。
  • 2 日本大通り:大火のあと、燃え広がりを防ぐために引かれた大通り。象の鼻から横浜公園へ、まっすぐに延びています。県庁の東庁舎の側の歩道に立つと、キング、クイーン、ジャックの三つの塔が一度に見えます。足もとに、「三塔物語」の目印を探してみてください。
  • 3 馬車道:1867年、沿道の店が競って柳と松を植えた、日本の近代街路樹の始まりの通りです。1872年には、日本で最初のガス灯がともりました。関内ホールの前に、その記念碑と、当時の姿を復元したガス灯があります。通りの角の旧横浜正金銀行本店(神奈川県立歴史博物館)は、2026年10月16日まで休館しています。
  • 4 吉田橋:1869年、日本で最初の鉄の橋「かねの橋」が架けられた場所です。たもとの「吉田橋関門跡」が、関内と関外の境でした。橋を渡れば、伊勢佐木町です。

Our Suggestion

夕方に歩きはじめて、灯りの馬車道へ。

日が傾きはじめるころに象の鼻を出れば、馬車道に着くころには、ガス灯のほの青い灯りが通りを照らしているはずです。秋の終わりなら、日本大通りは銀杏の黄色い道になります。

港から関門の跡まで、ゆっくり歩いても一時間あまり。開港の街は、この短い道の上に形づくられていきました。

※実行委員会からのご提案です。それぞれの場所の歴史は、馬車道・日本大通りのページと、吉田町のページでご紹介しています。

夜のはしごCourse 2 · A Night of Small Bars

燃えない通りの小さな扉から、川を渡って、のんべえの街へ。

所要の目安ひと晩お好みで

歩くのは、合わせて20分ほど。

はじまり

JR・市営地下鉄 関内駅。吉田橋から、吉田町の通りへ。

おわり

JR・市営地下鉄 桜木町駅、または京急 日ノ出町駅。

  • 1 吉田町:関門のすぐ外に生まれた町です。250メートルほどの通りに、戦後の復興期に建てられた「防火帯建築」が続き、夜には40軒を超えるバーやカフェが扉を開けます。2階や3階の窓を、一度見上げてみてください。
  • 2 ノラねこ通り:吉田町本通りの一本裏、福富町西公園の横に入口のある小さな路地です。2018年、商店街の人たちの投票で、この名が付きました。
  • 3 都橋:橋の上から、大岡川に沿って弓のように曲がる都橋商店街を眺めてください。1964年、野毛の露店の人たちの最後の行き先として建てられた、長さ約90メートルの二階建てです。日が暮れると、看板の灯りが川面に揺れます。
  • 4 野毛:自らを「のんべえの街」と呼ぶ、約600の飲食店が並ぶ街です。一杯と一品から入れる店が多く、少しずつ、何軒も。最後は〆の一杯で、夜を結びます。

Our Suggestion

一軒で、お腹をいっぱいにしない。

千円札一枚で、ほろ酔いになって帰る。日本では、そんな飲み方を「せんべろ」と呼びます。最初の店では、一、二杯に、つまみを数品。もう少し、というところで次の店へ。

そして、日本の酒場の夜には「〆(しめ)」があります。飲んだあとの最後に、温かい一杯やひと皿で夜を結ぶ。ラーメンにするか、そばにするか。それは、その夜の気分しだいです。

三軒目あたりで、ふと「また来よう」と思える店に出会えたら、この夜は成功です。

※実行委員会からのご提案です。席に着くと小鉢が出て、その代金(お通し・席料)がかかる店や、現金だけの店があります。料金や決まりは、店ごとにお確かめください。お酒は二十歳になってから。

大岡川をさかのぼるCourse 3 · Up the Ooka River

ミニシアターで一本観て、高架の下とともに、大岡川沿いを歩く。濱マイクの横浜を感じながら。その先には、都橋商店街と野毛が待っています。

所要の目安2時間ほど

映画を一本観るなら、その分を足して。

はじまり

京急 日ノ出町駅。

おわり

JR・市営地下鉄 桜木町駅(野毛から)。

  • 1 大岡川の川べり:日ノ出町から黄金町へ、川の両岸に桜が続きます。明治に植えられ、震災で失われ、戦後にまた植え直されてきた桜です。春は花の下を、ほかの季節は川風の中を。
  • 2 高架下のアトリエ:京急の高架の下に、絵を描き、ものをつくる人たちのスタジオが並びます。2008年に始まった黄金町バザールの季節(例年秋)には、町じゅうが作品の会場になります。
  • 3 ふたつのミニシアター:黄金町の「シネマ・ジャック&ベティ」は、横浜名画座の流れを継ぐミニシアター。通りをはさんだ向かいには、かつて『私立探偵 濱マイク』の事務所がある設定だった映画館「横浜日劇」がありました。日ノ出町駅から歩いて5分ほどの長者町には、2014年にリニューアルオープンした「横浜シネマリン」もあります。どちらかで一本観てから、川べりへ。
  • 4 川を下って、都橋へ:夕暮れの大岡川沿いを、日ノ出町のほうへ戻ります。川に沿って弓のように曲がる都橋商店街の灯りが見えてきたら、そこから先は、野毛の夜です。

Our Suggestion

この町の時間ごと、歩いてみる。

黄金町・日ノ出町は、震災と空襲、戦後の長い時代をくぐり抜け、町の人たちが自分たちの手で取り戻してきた町です。いまは、アートと映画と桜の町として、新しい顔を育てています。

町の歩みを知ってから歩くと、高架の柱一本、川べりの桜一本にも、積み重なった時間が見えてきます。少しだけ、黄金町・日ノ出町のページを読んでから出かけてみてください。

※実行委員会からのご提案です。アトリエの見学や撮影は、それぞれの決まりに従ってください。黄金町バザールの会期は公式サイトでお確かめください。

港と造船所の記憶Course 4 · Rails & Docks

線路が港へ向かった道をたどり、石を積んだ人、船を直した人の時間に触れる。

所要の目安2時間ほど

帆船日本丸の船内を見学するなら、もう少し。

はじまり

JR・市営地下鉄 桜木町駅。

おわり

みなとみらい線 馬車道駅・日本大通り駅。赤レンガ倉庫から徒歩約6分。

  • 1 桜木町駅と旧横ギャラリー:1872年に開業した日本で最初の鉄道の、初代の横浜駅がここでした。駅に隣接するCIAL桜木町 ANNEXの1階に、開業のころの110形蒸気機関車と、初代横浜駅のジオラマがあります。
  • 2 ドックヤードガーデン:横浜ランドマークタワーの足もと、桜木町駅から動く歩道で約5分。1896年に完成した第二号ドックで、民間の石造りの乾ドックとして現存する最も古いもの、国の重要文化財です。石の段を下りて、底から空を見上げてみてください。
  • 3 帆船日本丸と第一号ドック:1898年に完成し、1982年まで、83年のあいだに数千隻の船を直してきたドックに、「太平洋の白鳥」と呼ばれた練習帆船が浮かんでいます。船もドックも、国の重要文化財。となりに横浜みなと博物館があります。
  • 4 汽車道:1911年に開通した港の鉄道の一部、約500メートルを遊歩道にした道です。明治の鉄橋が運河の上に渡され、足もとにはレールが残っています。頭の上を、ロープウェイのゴンドラが静かに行き交います。
  • 5 横浜赤レンガ倉庫:線路の行き着いた先に建てられた国の保税倉庫です。2号館は1911年、1号館は1913年。2002年に、いまの姿に生まれ変わりました。ふ頭の先には、1914年に据えられた英国製のハンマーヘッドクレーンが立っています。

Our Suggestion

汽車道で、一度振り返る。

夕暮れに汽車道を歩くなら、鉄橋の上で、一度振り返ってみてください。ビルの灯りが一つずつ、運河の水面に映りはじめます。

新しい街の足もとに、明治の石と鉄が残されています。それを壊さずに残した人たちの選択も、この街の歴史の一部です。赤レンガ倉庫からさらに海沿いを歩けば、象の鼻パークへ。開港の街を歩くコースにつながります。

※実行委員会からのご提案です。帆船日本丸が29枚の帆を広げる「総帆展帆」の日程は、公式サイトでお確かめください。汽車道へは桜木町駅から徒歩約3分、赤レンガ倉庫へは桜木町駅から汽車道を通って徒歩約15分です(各公式サイトの目安)。

庭と丘Course 5 · Garden & Bluff

谷あいの古い庭で朝を過ごし、午後は、港を見下ろす丘へ。

所要の目安一日ゆっくりと

三溪園だけでも、半日を過ごせます。

はじまり

三溪園。桜木町駅から市営バス8系統で約28分「三溪園入口」下車、徒歩5分。

おわり

みなとみらい線 元町・中華街駅。

  • 1 三溪園:開園の9時に。1906年、生糸の貿易で財を成した原三溪が、人々に開いた庭です。室町時代の旧燈明寺三重塔を見上げてから、内苑の臨春閣と聴秋閣へ。どの建物も、生まれた土地を離れて、この谷あいに立っています。
  • 2 八聖殿郷土資料館(寄り道に):法隆寺の夢殿を模した八角形の建物で、本牧の海で営まれた漁や海苔づくりの道具を見ることができます。入館は無料です。
  • 3 バスで、中華街の方へ:土日祝は「ぶらり三溪園BUS」が「中華街入口」に停まります。平日は、市営バスで桜木町駅に戻り、JR根岸線で石川町駅へ。
  • 4 元町:開港場をつくるために移された、横浜村の人たちの町です。山手の丘の住まいと、関内の商館とを結ぶ通り道として、異国の香りのする商店街が育ちました。
  • 5 山手の丘:外国人たちが「BLUFF」と呼んだ丘です。横浜市が公開する7つの西洋館は、どれも入館無料。1854年に始まる外国人墓地には、5,000人を超える人が眠っています。
  • 6 港の見える丘公園:丘の上から、横浜港とベイブリッジを見渡せます。元町・中華街駅から徒歩5分です。
  • 7 山下公園と中華街:坂を下りて海辺へ。山下公園は、関東大震災のがれきを埋め立ててつくられ、1930年に開かれました。向かいに立つのは、1927年に開業したホテルニューグランド。ドリアやナポリタンが生まれたホテルです。最後は、灯りのともりはじめた中華街へ。

Our Suggestion

海を渡ってきたものたちを、一日で。

三溪園の塔も、御殿も、茶室も、遠い土地から運ばれてきたものです。丘の上の西洋館も、海辺のホテルも、中華街の門も、海を渡ってきた人たちが、この街に築いたものでした。

朝の庭の静けさと、夕方の中華街のにぎわい。その両方を一日で歩くと、横浜という街が、よそから来たものを受け入れながら育ってきたことが、少しだけ実感できるように思います。

※実行委員会からのご提案です。三溪園は9:00〜17:00(入園は16:30まで)、12月26日〜31日は休園です。入園料は大人900円。八聖殿郷土資料館は9:30〜16:00、第3水曜(祝日の場合は翌日)と年末年始は休館です。外国人墓地の公開日は、公式サイトでお確かめください。バスの路線と時刻は、横浜市交通局のサイトでお確かめください。

横浜駅から宿場の坂へCourse 6 · The Old Tokaido

三代目の駅を出て、開港の前の時代へ。旅人が歩いた坂を上り、開港の年にできた道で、駅へ戻ります。

所要の目安90分ほど

坂の上り下りがあります。

はじまり

横浜駅。北へ、青木橋をめざして。

おわり

横浜駅西口。

  • 1 横浜駅:いまの駅は、1928年にこの場所に建った三代目です。同じ年、駅の構内の商いから始まった崎陽軒で、冷めてもおいしい「シウマイ」が生まれています。
  • 2 青木橋:1872年、本覚寺の丘を切り開いて敷かれた線路をまたいで、旧東海道を結ぶ橋です。鉄道が開業したころ、「神奈川」の停車場は、この橋のすぐ南にありました。
  • 3 本覚寺:開港のころ、アメリカ領事館にあてられた寺です。領事のドーアは、庭の松の枝を払い、その木の上に星条旗を掲げたと伝えられています。
  • 4 台町の坂:かつて神奈川湊を見下ろした景勝の地で、坂に沿って茶屋が並び、弥次さん喜多さんもここで一杯やっています。坂の途中の料亭「田中家」は1863年の創業で、前身は歌川広重が描いた旅籠「さくらや」。坂を上りきると、神奈川台の関門の跡です。
  • 5 横浜道と新田間橋:坂を下りて浅間下へ。1859年、開港場へ向かうために急いでつくられた「横浜道」の入口の案内板を探してください。新田間橋を渡れば、西口です。

Our Suggestion

駅のすぐそばに、三つの時代が重なっている。

坂の上で振り返れば、かつては眼下に海が広がっていました。いまは、ビルの向こうに港の気配があるだけです。それでも、坂の地形には、東海道の面影が残っています。

宿場の時代、開港の時代、そして鉄道の時代。開港の年に、全国から横浜をめざした人たちが渡った橋を、そのまま駅へと戻ってみてください。歩き終えたら、西口で一杯のラーメンを。家系ラーメンの総本山「吉村家」も、西口から少し歩いたところにあります。

※実行委員会からのご提案です。所要時間は私たちの目安です(公式の目安は見つかっていません)。田中家へは横浜駅西口から徒歩7分ほど(田中家 公式サイトより)。寺院は信仰の場所です。お参りの方の妨げにならないよう、静かにお訪ねください。

試合の日の横浜Course 7 · Match Day

撞く前は軽く、撞いたあとは一杯。勝った夜も、負けた夜も。

関内・伊勢佐木町には、ビリヤード場がいくつも集まっています。関内駅の南には、港と戦後の日本を支えた人たちの街、寿町。大岡川を渡れば、黄金町・日ノ出町。となりあう街には、それぞれの歩みがあります。大会の会場は、大会ごとに変わります。会場と時間は、各大会のご案内でお確かめください。

所要の目安試合に合わせて

試合の前後に、少しずつ。

はじまり

JR・市営地下鉄 関内駅。

おわり

JR・市営地下鉄 関内駅・桜木町駅、京急 日ノ出町駅。

  • 1 試合の前に、関内で:旧市庁舎の街区には、2026年3月、「BASEGATE横浜関内」が開業しました。村野藤吾が設計した旧市庁舎の建物は、取り壊されずにホテルになっています。中華街へも、関内駅から歩いて7分ほどです。
  • 2 イセザキ・モール:1874年に町が置かれた、伊勢佐木町の商店街です。からくり人形時計は、10時から21時までの毎正時と30分に動きます。
  • 3 ビリヤード場へ:会場には、少し早めに。手を洗い、一度深呼吸をしてから、台の前へ。
  • 4 試合のあとに:吉田橋を渡って吉田町のバーへ。あるいは都橋を渡って、野毛の酒場へ。夜のはしごのコースに、そのままつながります。

Our Suggestion

試合の前は、腹八分目より少し手前で。

試合の前の食事は、軽めがおすすめです。お腹を満たすのは、試合が終わってからでも遅くありません。

勝った夜は、祝杯を。負けた夜は、次の一戦のための一杯を。小さなカウンターで、隣り合った人と球の話になる夜もあるかもしれません。撞いた日の記憶と、この街の夜が、一緒に残っていけばうれしく思います。

※実行委員会からのご提案です。ビリヤード場によって、店内での飲食や持ち込みの決まりがあります。お酒は二十歳になってから。車でお越しの方は、お酒を飲まないでください。

Our Request

歩くときの、実行委員会からのお願い

横浜の街には、店の上にも、路地の奥にも、暮らしがあります。

  • 夜は、通りでの声を少し落としてください。とくに吉田町や野毛の路地では、建物の上の階に住まいがあります。
  • 人や、店の中、住まいを撮るときは、ひと声かけてから。断られたら、撮らないでください。
  • 寺社や墓地は、祈りの場所です。お参りの方の妨げにならないよう、静かに。
  • 狭い路地や商店街では、道をふさがないように。ごみは持ち帰ってください。
  • 街で猫に出会っても、追いかけたり、食べ物を与えたりせず、そっと見送ってください。

※所要時間は、実行委員会の目安です。歩く速さや季節、混み具合で変わります。営業時間・休館日・バスの時刻などは、お出かけの前に各公式サイトでお確かめください。

撞くPlay

どのコースからも、関内・伊勢佐木町のビリヤード場へは電車や徒歩ですぐです。横浜駅の西口にも、ビリヤード場があります。関内・伊勢佐木町のページへ →

食べる・飲むEat & Drink

大会協賛 横浜ビール 本店レストラン(UMAYA/YOKOHAMA BEER STAND)

横浜市内で最も長い歴史を持つ地ビール会社の本店。2階がレストラン「UMAYA」、1階が醸造所を併設したビアスタンドです。「アルト」は World Beer Cup 2024 のジャーマンスタイル・アルトビア部門で銀賞を受けています。中区住吉町、JR桜木町駅・みなとみらい線馬車道駅から徒歩5分。はしご酒の一軒目にも。

公式サイト

横浜で生まれた味の話は、横浜の食の物語でご紹介しています。

街のページAreas

横浜 モデルコース横浜 散歩横浜 街歩き横浜 はしご酒汽車道 赤レンガ倉庫象の鼻パーク 日本大通り三溪園 山手神奈川宿 台町の坂横浜 ビリヤード

出典(確認日:2026年10月1日〜5日)

七つのコースは、すべてYokohama Open実行委員会からのご提案です。所要時間は、ゆっくり歩き、ところどころで立ち止まったときの私たちの目安で、施設やお店で過ごす時間は含めていません。駅や施設からの徒歩の分数は、各公式サイトの目安によります。数字は出典の時点のものです。営業時間・料金・休館などは変わることがあります。お出かけの前に、各公式サイトでお確かめください。